剰余余代数
Rを可換環、(C,Δ,ε)を余代数とする。CはR加群なので、部分加群N⊂Cに対して剰余加群C/Nを考えることができる。
C/Nはいつ自然な余代数の構造を持つだろうか。
まず双線型写像C×C→C/N⊗C/Nから、テンソル積の普遍性より線型写像
π:C⊗C→C/N⊗C/N
が誘導される。よってπ∘Δ:C→C/N⊗C/Nの商が取れればよい。つまり
N⊂Ker(π∘Δ)⟺Δ(N)⊂Ker(π)
が成り立てばよく、このとき商写像Δ:C/N→C/N⊗C/Nが定義される。またε:C/N→Rを自然に定義するにはε(N)=0でなければならない。
纏めよう。部分加群N⊂Cが以下の二条件を満たすときイデアルと言う。
- Δ(N)⊂Ker(π)
- ε(N)=0
命題 (C,Δ,ε)を余代数、N⊂Cをイデアルとする。このとき(C/N,Δ,ε)は余代数である。
(証明)x∈NについてΔ(x)=∑i=1nai⊗biとする。また
Δ(ai)=ji=1∑miuji⊗vji,Δ(bi)=ki=1∑lipki⊗qki
とする。余代数の定義より
id⊗Δ(Δ(x))=i=1∑nai⊗ji=1∑miuji⊗vji=i=1∑nji=1∑miai⊗uji⊗vji=Δ⊗id(Δ(x))=i=1∑nki=1∑lipki⊗qki⊗bi
が成り立つ。従ってC×C×C→C/N⊗C/N⊗C/Nを考えれば
i=1∑nji=1∑miai⊗uji⊗vji=i=1∑nki=1∑lipki⊗qki⊗bi
よりid⊗Δ∘Δ(x)=Δ⊗id∘Δ(x)が成り立つ。
εについても同様である。実際
id⊗ε∘Δ(x)=i=1∑nai⊗ε(bi)=x⊗1
より、C×R→C/N⊗Rを考えれば
id⊗ε∘Δ(x)=i=1∑nai⊗ε(bi)=i=1∑nai⊗ε(bi)=x⊗1
を得る。もう一方も同様である。□
上記の余代数(C/N,Δ,ε)を剰余余代数(quotient coalgebra)と呼ぶ。
補足
他の本だとイデアルの条件はΔ(N)⊂C⊗N+N⊗Cとなっていることがあるが、ややミスリードがある。というのも一般的な状況ではあるが、反例に近い例がある。
可換環R上の加群M,Nの部分加群M′,N′について
π:M⊗N→M/M′⊗N/N′
の核を考えたい。実はR=kが体であるなら
Ker(π)=M′⊗N+M⊗N′
が成り立つ。しかしRが体でないときは、そもそもM′⊗NやM⊗N′は、M⊗Nに含まれるとは限らない。
例えばR=Z,M=Z,N=Z/2Zとする。更にM′=2Z,N′=0とする。
- M⊗N=Z⊗(Z/2Z)の元はn⊗1の線型和となるが、3⊗1=1⊗1+2⊗1=1⊗1のように計算ができる。従ってゼロでない元は1⊗1しかない。
- M′⊗N=2Z⊗(Z/2Z)の元は同様に2⊗1しかない。
- M⊗N′=0である。
このように、そもそも部分加群でない場合がある。
何が問題であったかというと、包含M′→Mから誘導されるα:M′⊗N→M⊗Nが単射とは限らないことにある。R=kが体の場合は平坦性より単射になる。あるいはベクトル空間の場合は基底が取れるので、テンソル積が、元の基底のテンソルを基底とするベクトル空間であることからも従う。N′→Nから誘導されるβ:M⊗N′→M⊗Nについても同様なことが言える。
一般のRに戻ると、Im(α)+Im(β)⊂Ker(π)は明白だが、実は逆の包含も次のように示される。まず双線型写像
M/M′×N/N′→M⊗N/(Im(α)+Im(β))
はwell-definedである。実際x∈M,y∈N及びm∈M′,n∈N′について
(x+m)⊗(y+n)=x⊗y+x⊗n+m⊗y+m⊗n
よりx+m⊗y+n=x⊗yを得る。従ってテンソル積の普遍性より
M/M′⊗N/N′fM⊗N/(Im(α)+Im(β))gM⊗N/Ker(π)≅M/M′⊗N/N′
を得る。生成元の対応を見るとx⊗y↦x⊗yなので恒等写像である。故に上のfは単射である。またfの全射性もM⊗Nの生成元を見れば明らかなのでfは同型となる。よってgも同型となり、結局
Im(α)+Im(β)=Ker(π)
であることが分かる。
先の例では2Z⊗(Z/2Z)→Z⊗(Z/2Z)は恒等的にゼロだから、Im(α)=0となる。またN′=0よりIm(β)=0である。ところで
M⊗N=Z⊗(Z/2Z)={0,1⊗1}=(Z/2Z)⊗(Z/2Z)=M/M′⊗N/N′
より、確かにKer(π)=Im(α)+Im(β)である。
注意 イデアルの条件は
- Δ(N)⊂N⊗C+C⊗N
- ε(N)=0
としてよい。ただし
N⊗C:=Im(α),C⊗N:=Im(β)
は先に述べたα,βより定まるものとする。