メビウス函数の例~自然数の通常の順序~
まず自然数の通常の順序(N0,≤)を考えよう。このincidence coalgebraをNとする。簡単のため、基底をi≤jについてei,jと表す。
Nのメビウス函数は定義に沿って計算すると
μ(ei,i)μ(ei,i+1)μ(ei,i+2)μ(ei,i+3)⋮=1,=−μ(ei+1,i+1)=−1,=−(μ(ei+2,i+2)+μ(ei+1,i+2))=0,=−(μ(ei+3,i+3)+μ(ei+2,i+3)+μ(ei+1,i+3))=0,
と求めることができる。どうやらei,jのうちj−iが等しいもので同一の値を取るようだ。
Nは余代数として大きすぎる。そこで部分加群I=⟨ei,j−e0,j−i⟩を考えると、
Δ(ei,j−e0,j−i)=i≤k≤j∑ei,jek,j−i≤k≤j∑e0,k−iek−i,j−i=i≤k≤j∑{ei,k(ek,j−e0,j−k)+(ei,k−e0,k−i)e0,j−k−e0,k−i(ek−i,j−i−e0,j−k)}
よりIはイデアルとなる。(テンソル積の記号⊗は省略した。)従って剰余余代数N/Iを考えることができる。
剰余余代数N/Iの双対代数を考えよう。N/Iの代表元はe0,nなので、これに対応する値anで双対の元は完全に決定される。従って(N/I)dualの元は数列a=(a0,a1,a2,…)とみなせる。この同一視でa,b∈(N/I)dualのconvolution積は
(a∗b)n=(a∗b)(e0,n)=0≤k≤n∑a(e0,k)b(ek,n)=0≤k≤n∑a(e0,k)b(e0,n−k)=0≤k≤n∑akbn−k
と表せるから、(N/I)dualは形式的冪級数環R[[x]]とR代数として同型である。
更にメビウス函数についてμ(ei,j−e0,j−i)=0である。つまりμ∈(N/I)dualはN/Iのメビウス函数であり、μ=(1,−1,0,0,…)と同一視できる。形式的冪級数としては1−xに対応する。
メビウス反転に依れば、N上でA=a∗zについてa=A∗μが成り立つ。つまり
A(ei,j)=i≤k≤j∑a(ei,k)=0≤n≤j−i∑an=:Aj−i
はIの剰余類上で一意的な値を取り、このとき
an=An−An−1
が成り立つ。
メビウス函数の例~自然数の積順序~
次に自然数の積順序(N1,∣)を考えよう。ここでd∣nはdがnを割り切ることを指す。素因数分解の一意性より自然数nは素数p1,…,prを用いて
n=p1n1⋯prnr
と一意的に表せる。よって半順序集合として
(N1,∣)≅p⨁({pk},∣)
が成り立つ。更に({pk},∣)は半順序集合として(N0,≤)と同型である。故に(N1,∣)のincidence coalgebraをPとすると、
P≅p⨁Np
が成り立つ。(ただしNpはNのコピーとする。)定義域の直和は、双対を取ると直積になるので
Pdual≅p∏Npdual
を得る。この同型によりϕ=(ϕp)∈Pdualの値は、各基底d=p1k1⋯prkr∣nに関して
ϕ(d∣n)=ϕp1(p1k1∣p1n1)⋯ϕpr(prkr∣prnr)=ϕp1(ek1,n1)⋯ϕpr(ekr,nr)
と計算される。
次にPdualにおけるconvolution積を観察する。ϕ=(ϕp),ψ=(ψp)∈Pdualに対して
(ϕ∗ψ)(d∣n)=d∣m∣n∑ϕ(d∣m)ψ(m∣n)=k1≤l1≤n1∑⋯kr≤lr≤nr∑ϕp1(ek1,l1)⋯ϕpr(ekr,lr)ψp1(el1,n1)⋯ψpr(elr,nr)=(k1≤l1≤n1∑ϕp1(ek1,l1)ψp1(el1,n1))⋯(kr≤lr≤nr∑ϕpr(ekr,lr)ψpr(elr,nr))=(ϕp1∗ψp1)(ek1,n1)⋯(ϕpr∗ψpr)(ekr,nr)
より、ϕ∗ψ=(ϕp∗ψp)であることがわかる。故にϕp′=(ε,…,ε,ϕp,ε,…)∈Pdualを、Npに属す成分がϕp、それ以外の素数qについてNqに属す成分がεqとなるような元とすると、
ϕ=ϕp1′∗ϕp2′∗⋯=:p⨀ϕp′
とconvolution積による分解が得られる。(厳密には、素数を小さい順に並べてた上でr番目までの素数p(1),…,p(r)を固定し、ϕp(1)′∗⋯∗ϕp(r)′の極限として右辺を定義する。)この分解をconvolution分解と呼ぶ。
以上を利用してPのメビウス函数を計算してみよう。z∈Pdualは全てのd∣nについてz(d∣n)=1だから、z=(zp)は全てのki≤niについてzp(ek1,ni)=1となる。Npdualの単位元をεpとすればε=(εp)がPdualの単位元であることに注意すれば、Npのメビウス函数をμpとして
(zp)∗(μp)=(zp∗μp)=(εp)=ε
を得る。従ってμ:=(μp)がPのメビウス函数である。そこでconvolution分解を⨀pμp′とおく。
前節でも述べたように、Pもまた余代数として大きすぎる。そこでイデアル
I:=⟨d∣n−1∣dn⟩
による剰余余代数P/Iを考える。P/Iの基底の代表元は1∣nなので、これに対応する値α(n)で双対代数の元は完全に決定される。従って(P/I)dualは数論的函数α:N1→R全体とみなせる。この同一視でα,β∈(P/I)dualのconvolution積は
(α∗β)n=(α∗β)(1∣n)=1∣d∣n∑α(1∣d)β(d∣n)=1∣d∣n∑α(1∣d)β(1∣dn)=1∣d∣n∑α(d)β(dn)
と表せる。これは数論的函数におけるconvolution積に他ならない。更にα∈(P/I)dualをDirichlet級数
n=1∑∞nsα(n)
に対応させれば、convolution積α∗βは級数の積に対応する。
さて、メビウス函数はI上でゼロなので(P/I)dualの元と見なせる。μ(1)=1であり、n=p1n1⋯prnrについて
μ(n)=μ(1∣n)=μ(1∣n)=μp1(e0,n1)⋯μpr(e0,nr)
はnp≥2なるpがあればμ(n)=0である。一方でn1=⋯=nr=1のときはμ(n)=(−1)rである。従ってμは良く知られた(数論的函数の)メビウス函数に他ならない。よってDirichlet級数はリーマンのゼータ函数を用いて
ζ(s)1=n=1∑∞nsμ(n)
と表せる。一方、μp′もI上でゼロなので(P/I)dualの元と見なせる。よってconvolution分解は(P/I)dualにおいても意味を持つ。μp′(n)はn=1のとき1、n=pのとき−1であり、それ以外はゼロとなる。だからμp′のDirichlet級数は
1−ps1
であり、convolution分解によって
ζ(s)1=p∏(1−ps1)
が従う。これはオイラー積表示に他ならない。
補足
オイラー積表示の右辺は厳密には
r→∞limm=1∏r(1−p(m)s1)
と表すべきものなので、Dirichlet級数として意味を持つのは極限の中身、つまりμp(1)′∗⋯∗μp(r)′に対応するDirichlet級数である。極限は、これがμのDirichlet級数の有限項を近似しているという意味での極限なので、上記のオイラー積表示が意味を持つためには、Dirichlet級数の空間に適切な収束概念を定義する必要がある。この収束概念が、函数としての収束を表すかは分からない。いずれにせよ、上記のオイラー積表示は形式的なものなので、正しく意味を持っているかは不明なことに注意するべきだろう。とはいえ函数論的な議論でオイラー積は厳密に証明できたはずなので、あまり心配には及ばないかもしれない。
ところでIp=⟨ekp,np−e0,np−kp⟩とするとI=⨁pIpであることに注意して
P/I≅p⨁Np/Ip
が分かる。よって
(P/I)dual≅p∏(Np/Ip)dual
が成り立つ。この表示に何か意味はあるだろうか。